興徳寺の情報交流

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興徳寺の情報交流-紙上法話

第76号(復刊第1号)平成19年お盆

幸せは いつも 後から ついてくる

楽しみを先取りすると、残るのは苦しみだけ。ゆとりは将来に楽しみがあることから生まれます。
先憂後楽。
幸せに生きるための順序です。

 さて、「幸せ」には、3つの段階があるそうです。
1番目は「もらう」という幸せ。プレゼントをもらう、お小遣いをもらう、あるいは 親切にしてもらう、などの行為も含めて、もらうということは嬉しいものですね。
2番目が、「できる」という幸せ。自転車に乗れるようになった、入学試験に合格した、リハビリの結果歩けるようになった、というように、努力の結果が報われた時、人は幸せを感じます。
3番目は、「あげる」という幸せです。最初の「もらう」の反対ですが、もらった人の嬉しい顔を見ると、あげた方はもっと嬉しい、というような体験は、どなたにもあるかと思います。

 実はこの「あげる」という行為を仏教では「布施」といい、仏さまになるための大切な修行のひとつとされています。
お坊さんにお礼を差し上げることを「お布施」といいますね。

では、ただあげれば、それで[布施」が成り立つのか、というと、ひとつだけとっても大切な条件があります。
それは「見返りを求めない」ということです。
「相手のためにしてやる」のではなく「させていただく」という気持ちです。 

「苦しい時の神頼み」という諺がありますね。普段は何も信仰のない人が、苦しくなると神棚や仏壇に向かって「助けてください」とお願いをする。では、「ください」と言っているあなたは仏さまに何を与えるのか?

日蓮聖人は、「事理供養御書 」の中で

――帰命と申すは 我が身を仏に奉ると申すことなり――

とおっしゃっておられます。

まずは、私の命を仏さまに捧げる、その覚悟ができたら、どんな望みも叶うような気がしませんか?

 でも具体的には、どのように「帰命」したらよいのでしょうか。
「帰命」=「南無」です。
つまり手を合わせ「南無妙法蓮華経」と、仏さまにお唱えすることが、「私の一切を仏さまにお任せします」とお誓いしていることになります。

 「幸せ」とは、いかに信頼できるものをもっているか?ということかもしれません。お金、物、愛する人・・・ でもすべての形あるものは無(亡)くなります。不滅のもの(仏さま)を 絶対信頼するということ、それが「信仰」であり「本当の幸せ」につながります。

 お風呂に張ったお湯を思い浮かべてみてください。幸せは、このお湯のようなもの、こっちへ来いと引っ張れば、反対側に逃げる。逆に押してやれば、こちらに来ます。

「幸せは いつも後からついてくる」のです。