興徳寺の情報交流

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興徳寺の情報交流-紙上法話

第90号(復刊第15号)平成22年暮れ

私もまた何かの手にひかれて

幻の花 石垣りん


庭に
今年の菊が咲いた。

子供のとき、
季節は目の前に
ひとつしか展開しなかった。

今は見える
去年の菊。
おととしの菊。
十年前の菊。

遠くから
まぼろしの花たちがあらわれ
今年の花を
連れ去ろうとしているのが見える。
ああこの菊も

そうして別れる
私もまた何かの手にひかれて。

 

 石垣りんさんは、1920(大正9)年 東京で生まれました。高等小学校卒業後、日本興行銀行に入社、以後定年まで勤務。その傍(かたわ)ら 詩・小説を書き始め、次第に認められ、 平成16年 84才で亡くなるまで、多くの詩集・散文集を出版。教科書にも多数の作品が収録されています。

 子どものころは 一週間が長いと思いました。「まだ木曜日か〜」と日曜日を待ちわびたものですが、大人になると「えェ〜ッ、もう木曜日?」 本当に時間が経つのが早く感じます。
子どものころ、時は永遠に続くものであり、巡る季節もその度ごとに新鮮でした。
そのころ、「死」は、もっとも非日常的で、恐怖以外の何者でもなかった・・・年を重ね、身内や親しい人たちが逝(ゆ)き、肉体的な能力も少しづつ衰え始めると、いつかは迎える自分の最期(さいご)を認識するようになります。でも「死」はやはり怖いものであることに変わりはないようです。

 日蓮聖人・上野殿後家尼御前(ごけあまごぜん)に宛てたお手紙、
人は生まれて死するならいとは、智者(ちしゃ)も愚者(ぐしゃ)も 上下一同(じょうげいちどう)に知りて候えば、始めてなげくべしおどろくべしとはおぼえぬよし、我も存し、人にもおしえ候えども、時にあたりてゆめかまぼろしか、いまだわきまえがたく候。
―――人は生まれて死ぬことは、自然のこと。智慧ある者も愚かな者も、皆知っていることであり、その時を迎えても歎いたり驚いたりすることはないと、私もそう教えてきたけれども、いざその時になってみると、夢か幻かのように思えて、いまだに 信じられないような気持ちです。―――
と、わが子の死の悲しみに暮れる母親を慰め、強く生き抜く心の持ち方を教え、信仰に身を入れる事を示されました。

病気であれ、事故であれ、私たちは、その直前まで「死」を自覚できません。それはまるで「幻の花」に連れ去られるようにも思えます。

仏教では、私たちは ほとけさまの国から来て、ほとけさまの国に帰っていく と説きます。
ならば、この詩の最後何かの手にひかれて・・・を ほとけさまの手にひかれて・・・
 と 理解してみましょう。
少し楽になりませんか?


【写真提供 高瀬幹雄】