興徳寺の情報交流

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興徳寺の情報交流-紙上法話

第94号(復刊第19号)平成23年暮れ

しあわせになってねといのりつづける お母さんがいる

どんな人にも     立原えりか

どんな人にもお母さんがいる
総理大臣にもおすもうさんにも
天才数学者にも芸術家にも
スーパースターにもシャチョーにも
恋人をさがしている娘にも
泣きわめく子どもにも
フローシャにもチカンにも人ごろしにも
お母さんがいる
花屋のおじさんにも
死にかけているおばあさんにも
はじらいを忘れはてた女にもかならず
お母さんがいる
どんな人にも
いい子になってねと願いつづけ
しあわせになってねといのりつづける
お母さんがいる

大日図書 『あなたが好き』より

 

 立原えりかさんは、1937年、東京生まれの著名な童話作家です。

 子どものない人はいますが、お母さんのない人はいません。母の存在は、特別なもので、ムカシから「母なる大河」だとか「母なる星」のように、偉大さと優しさの象徴として例えられてきました。
また、母国・母校・母港・母屋等、母がつく言葉もたくさんありますが、大きくて、温かく、もっとも大切な人=母親、を連想する響きがあります。
 一方、母親にとってのわが子は、命を賭けても守りたい大切なもの。その無償の愛は、慈母(じぼ)という言葉に示されるように 仏さまの慈悲にも例えられます。

法華経譬喩品(ほけきょうひゆほん)第三の一節、
――今この三界は、皆これ我が有(う)なり。其の中の衆生は、悉(ことごと)くこれ吾が子なり。――
(この世界は 仏さまのものであり、私たちは 仏さまの子どもなのです)
仏さまはこの世に生きとし生けるものすべてに、温かい慈悲の光を注いでくれています。子ども(私たちすべて)が幸せであるように、何の見返りも求めず、そしてすべてに等しく・・・

 日蓮聖人もまた、母親への思いは深く、12歳で親と別れて修行に旅立つ時、母が形見にくれた髪の毛を片時も肌身離さずふところの奥にたもちつづけた、と伝えられております。
 妙一尼御前に宛てたお手紙の中では・・・信心とは、別に難しいことではありません。親が子どもを捨てられないように、子は母から離れられないように母を(子を)思う気持で、一心にお題目を唱える事ですよ・・・と、説かれました。

仏さまを信じ、祈ることによって、ほとけ様の心と自分の心が調和し、家族や回りの人と調和し、自然に真の幸福を得ることができるのです。

ほとけ様の心は、
いい子になってねと願いつづけ、しあわせになってねといのりつづける、お母さんの心と同じなのです。


【写真提供 高瀬幹雄】