山寺の
和尚さん日記

4度目の東北

夏の 東北を 初めて体験しました。
あれから4ケ月が過ぎ、変わったところもあれば
 
          (3月末)                                  (7月)
ほとんど変化なし、という所もあります。




いつもの 避難所は 当初300人を超える人で あふれかえっておりましたが、 今は30人、 今月いっぱいで 閉鎖とのことです。
お友達になった 秋好さん ご家族は 石巻市のかつて住んでいた 借家を 大家さんが 応急修理してくれたので ここに戻りました。 床上浸水して 家具・畳などは処分しましたが、家族の新しい生活が 始まっていました。

こちらは 杉山さん家族、 家は完全に流されて 仮設住宅に入りました。

それぞれに 新しい一歩を踏み出したわけですが むしろ大変なのはこれから、ということを改めて感じました。 
仮設住宅の内部は 思っていたより狭く 収納スペースもないので 寝具は折り畳んで 床の上、 今は所持品そのものがないので 何とかなっていますが、これから2年間、ここで生活するとなると・・・ 
また、前後が建物だし 風も抜けない構造なので 大変に暑い、 おまけに 市場に扇風機がない・・・
ミキオちゃんが 今回のお土産は扇風機を・・・ と思ったところまでは 正解だったのですが、このあたり(富士・富士宮)の家電量販店にも 町の電気屋さんにも 扇風機は一台もない。 ところが長野県の松本市(大学生の娘さんが住む)には 何台か残っているという 情報を聞くや、ナント 往復350kmを走って 扇風機を2台購入し それを この家族に渡したのです。 
家族が喜んだのは言うまでもありません。
避難所にいたときには お互いが被災者という それなりの公平感もあったのですが 新しい段階に入って 目につくのは 差、 有形・無形の 失ったものの大きさが 精神的な重荷となって はね返ってきています。 
この2組の家族は ともに母子家庭で 職場は津波に流されて 完全失業状態、 杉山さんは 新しい就職先が内定した段階だったので 失業保険も受けられず・・・
毎日 ハローワークに通っているのですが 仕事が ない。
義援金も いまだに入金されず・・・ 
今 一番欲しいものは 仕事、 でも 何もしてあげられません。



帰る日の朝、 ミキオちゃんの強い希望もあって 前回訪問した 「仮埋葬所」に寄りました。
「写真撮影をして 真剣に祈ることができなかったから・・・」というのが 理由です。
まったくの不信心、を標榜していた彼が なんという変わりよう。 
すべての墓標に ひとつひとつ 丁寧に合掌して歩いてゆく姿は とても美しかった・・・

埋葬されている遺体の数も大分減って 100体くらい。 
早朝ということもあって 火葬に赴く 遺体が掘り起こされていました。
 
掘り出された遺体を 新しいお棺に移す作業は テントの中で 見えませんでしたが、医師らしき方と 助手数人が 合掌して 作業にとりかかる、 その合掌姿は 両肘をピンと張り、力を込めて「ヨシッ!」という掛け声。 
4ケ月を経過した遺体を扱う、 気合を入れなければ できることではない・・・ 
本当に尊いお仕事だと思いました。 


        我々が野宿した 図書館前に咲いていた ラベンダー
被災地は 刻々と変化し、行くたびに 新しい気づきが得られます。 
被災者の方たちは 厳しい現実の中を 懸命に生きています。 
私たちがやっていることなど まるで アリンコ のようなものですが、 これからも 彼の地に注意を傾けながら、 できることを 続けてゆきたい、と思います。
ボランティアもまだまだ 必要とされています。 興味をもたれた方は 是非一度 行ってみてください。