山寺の
和尚さん日記

雨蛙めんどうくさき余生かな

毎朝 本堂でのお勤めの後 お墓でお経を読みます。 興徳寺の歴代住職の廟(びょう)と 永代供養墓、そして松永家のお墓 です。 その時々の 朝の空気を感じる事ができる 大変気持ちのイイ時間です。

今朝 お墓の石垣で 出会った「雨蛙」 石と同じ色に変身してじっと うずくまっている姿が 何ともいじらしく あわててカメラを取りに戻って 撮った1枚。

雨蛙 めんどくさき 余生かな」 永田耕衣(1900-1997)
雨蛙は 環境に合わせて自分の体の色を変えることができる。 私たち 人間は この保護色という機能は持ちあわせてはいないけれど、 相手によって態度を変えたりします。 目上の人、目下の人、お客さん、友人、恋人・・・ それがエチケットでもあるわけだけど 年をとると それがだんだんメンドウクサクなる。いよいよ余生に入ったかな? ・・・・永田耕衣の晩年の句だそうですが 私はそんな風に理解しました。
もう20年近くも前のことですが・・・ 亀井民治著「実践経営指南録」という本を読んでいたら、こんな一節に出会いました。
「老化とは億劫がる心」と題して「身体を動かすのが億劫、歩くのが億劫、出掛けて行くのが億劫、人に会うのが億劫、手紙を書くのが億劫、仕事のやり方を考えるのが億劫、考えるのが億劫、風呂に入るのが億劫、そして食べるのが億劫となって死に至る」・・・
当時の私は 今では信じられないような話ですが 酒好きで、毎晩のように飲み歩き 午前様が当たり前、やっとのことで家にたどりつくと そのままベッドに倒れ込む・・・ 当然のことのように 風呂など入らない。「宮本武蔵は生涯風呂に入らなかったらしい」という どこかで聞いてきたセリフを信じていたようでもありますが、この本を読んで 何と俺は 死に至る一歩手前だ! と気づき、それから 毎晩風呂に入るようになったのであります。 妻が喜んだのは言うまでもなく、作者の亀井さんにブラジルから お礼の手紙を出し、亀井さんからは、ご丁寧な御返事をいただき、そのご縁で 本日まで親しくさせていただいております。
改めて、雨蛙 の話。 
エチケットとしての 保護色は必要かもしれませんが、 自分は自分らしく そのまんまで生きるのが、楽でいいなぁ~ と思います。
 
昨日の興徳寺よりの 富士山
おかげさまで 「彼岸法要」への参加者も 少しづつ 増えてきて、今回はちょうど50名でした。
書いた お塔婆は 68本。 嬉しい事です。

参詣の方に 差し上げた 「おはぎ」。 生まれて初めて(かなりいい年になってから)この 中にあんこ の入ったおはぎを食べた時の感激が忘れられなくて 特注しています。

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