西日本を中心に 各地で集中豪雨による被害が拡大しています。 被害に遭われた多くの方たちには 心からのお見舞いを申し上げるとともに、一刻も早い復興を 祈念いたします。
今から15年も前のことですが、私も床上浸水を体験したことがあります。 ブラジル・サンパウロ市で小さな建築会社を興し、数年が経過した頃でした。 前に広い庭のある家を借りて、社屋としていたのですが、道路より低い土地で、集中豪雨であっという間に浸水してしまいました。 平日の夕刻で たまたま私は不在だったのですが、居合わせた社員も為す術もなく、パソコンを引き揚げるのがやっと、という状況でした。 もっとも被害の大きかったのが 一番奥にあった私の部屋で、机の上まで水に浸かり、おまけに壁が水圧に耐えられなくて崩壊したので かなりのものが流出してしまいました。
翌日、カラッと晴れた青空のもと、復旧作業を開始しました。 当時、私がもっとも大事にしていた すでに終わった工事や見積もりを作成するのに必要な材料のファイル、それらを泥の中から引き出し、洗って一枚一枚薄皮を剥ぐように取り出して、干す・・・という気の遠くなるような作業でした。
しかし、どんなに丁寧に取り扱っても破れてしまうものもあるし、流出してしまったものもある。 完全復帰は不可能と知ったとき、すべての書類を放棄することを決めました。 それは「エェイ、どうにでもなれ!」といった 半ばヤケッパチな気持ちだったと思います。
創業間もない会社にあって、背面のキャビネットに並べられたファイルは、ある意味で勲章のような、また仕事を続けていくうえでは もっとも大切なものであると思っていました。 それらすべてを失い、何もなくなったガランとした部屋で、私は虚しかった・・・
しかし、しかし・・・ 結局のところ、それらを失って 困った事は 実は何もなかったのです・・・
以来、私は終わってしまった事に あまり未練をもたなくなりました。 思い出は とっても大事なもの、でもそれは自分の心に しまっておけばいい。 いつか役立つだろうからと色んなものを 溜めていっても その ‘いつか‘ は永遠に来ないかもしれない。 たとえ(その時が)来た所で それがすぐに取り出せなければ意味もないし、なくったって それはそれで何とかなるもの。
当時、いろんな方から お見舞いやら 励ましの言葉をいただきました。 そんな中で、一番嬉しかったのは、 何となく偉そうに見えていたある仲間から 「俺にできること何かない? どんなことでもいいから言って」 と言われたこと。 ただ 「がんばれよ!」 じゃなくて、このような具体的な言葉が 人を感動させるのだ、と知りました。
*「紙上法話」 と 「住職のひとりごと」 更新されました。