興徳寺の情報交流

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興徳寺の情報交流-紙上法話

第95号(復刊第20号)平成24年春お彼岸

たったひとりの自分だから値打ちがある

人間の値打ちというのはどこにあるのでしょうか。
それは、他に似た人がいないということです。 
何かをしたから値打ちがあるとか、何かをしないから値打ちがないとかいうことではありません。
とにかく希少価値があるということ。 
たったひとりの自分だから値打ちがある、と考えればいい。 
ほかに類がないということが、この世にあってひとつの値打ちなのです。

五木寛之著「不安の力」より

五木寛之 昭和7年 福岡生まれ。作家。
生後間もなく朝鮮半島に渡り、敗戦後、福岡に引き揚げる。
「蒼ざめた馬を見よ」で直木賞受賞、「大河の一滴」「青春の門」など多くのベストセラーを著す。

 

 自分は大したことがない、とよく思います。とくに優れた能力があるわけでもないし、価値もない・・・そんなことを考える時は、いつも誰かと比べている自分がいます。
 著者の五木寛之さんは、上記の文章に「誰とも似ていないということを不安に思う人が多い。 みんなと同じように、というのがいまの時代の合言葉ではないでしょうか。その時代の流行に乗っていないと不安だ、という人も多いでしょう。 でも、それは間違っていると思います。」と続けています。 
今から約2千5百年前の4月8日、インドでお生まれになったお釈迦様は、生まれてすぐに「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と宣言されたと伝えられています。 
世界で私一人が尊いのだ、というこの言葉、「ナント生意気な」と感じられる方もいるかもしれませんが、「世界中で自分という人間は、たったひとりの存在で、それゆえに価値がある」と解釈します。

日蓮聖人は、崇峻天皇御書(すしゅんてんのうごしょ)というお手紙の中で、
「人身(にんしん)は受けがたし、爪の上の土。人身は持(たも)ちがたし、艸(くさ)の上の露。(略)蔵の財(たから)よりも身の財(たから)すぐれたり。身の財(たから)よりも心の財(たから)第一なり」
と述べておられます。
――― 人間に生まれることは(大地に比べて)爪の上にのったわずかな土ほどにまれなこと、その生命(いのち)を保つことは草の上の露のようにはかないもの。(略)蔵に積んである財よりも健康な身体は優れた宝、それよりも優れた宝はあなたの信心です ―――

 生きていることの価値は、この世にたった一人の私自身。 
お金よりも、健康よりも、自分らしく生きている、それだけでスバラシイことなのです。
他人と比べず、ほとけ様の存在を信じて、一日一日を大切に生きてゆきましょう。


みんな違って みんなイイ
【写真提供 高瀬幹雄】