山寺の
和尚さん日記

箱根駅伝5区を歩く

箱根駅伝5区,20,7kmを歩いてみました。

何でそんなことを?というと・・・

日本に戻ってきた翌年(2005)のお正月、何気なく見たTVの駅伝中継の箱根の山登りのシーンで順天堂大学2年生の今井正人選手11人抜きの快走シーンに「何とカッコイイ」と思ったことがきっかけです。その後今井選手は3年連続でこの5区の区間賞の走りを見せ「山の神」と称えられました。その2年後、東洋大学の柏原竜二選手が4年連続でこの5区の区間賞に輝き「2代目山の神」その後青山学院大学の神野大地選手がこの5区で柏原選手の記録を抜くという快走で「3代目山の神」と称されました。

今回の人生で神にも仏にもなれない私が生まれ変わって神になる・・・ 
ちょうど今回が「箱根駅伝100回大会」だったのでキリのいい200回大会に出場しようと決めて、その下準備のための試走ならぬ試歩です。

 

(小田原中継所の標識)

(本番ではこんな賑わいの小田原中継所)
(朝7時半に着きました。ガラ~ンとしています)

まずは湯本までの平らな道です。

歩きながら100年後の自分をシュミレーションしていました。

第200回大会で早稲田大学1年生の私、(早稲田大学にこだわるのは単なる憧れと100年後にも存在するだろうからという理由で)
ということは82年後に生まれ変わるわけで、そのちょっと前に足が速くて頭の良さそうな両親を日本中から探します。物心ついたときからとにかく走ることが好きで山登りが好き、小学生くらいで箱根の5区を走りたいと言い出す、高校は陸上競技部で1万メートル走の成績が県で2~3番の平凡な選手でいい、ただ山登りに特化した自主トレに怠りなく、実力で早稲田に合格し競走部に入部、5区を走りたいと志願してとにかく試走させてもらって強烈にアピール、1年生で選抜される・・・

私の理想は小田原中継所で13番でタスキを受けて湯本まではタンタンと走る・・・(今井選手の11人抜きを上回る12人抜きをしたい)

湯本を抜けていよいよ箱根の坂が始まると私の本領発揮、坂登りギアにシフトチェンジして次々と前の選手を抜いていくのです。

(国道1号線、交通量は多くて歩くスペースは狭い・・・)

実況中継のアナウンス 「おーっと~ 早稲田の選手がまた抜いた~!ものすごいペースです、これで果たして上まで持ちますかね~?」解説者が「いや~ちょっと次元の違う走りですね~」「深い前傾姿勢ですが時おり顔を上げるその表情は苦しそうでもなく、むしろ楽しそうにも見えます」「ピッチ走法というのでしょうか、ムカシあのようなスタイルの走り方があったそうですが」「昨今の大柄な選手のなかにあってとても小柄な選手です、おーっと~また抜いた~!!」

伴走車からは監督が「仕掛けるのはまだ先だ~もう少し抑えて行け~ッ!」と絶叫、でも無視して全速力で飛ばす

 

(有名なヘアピンカーブ)

 

(歩くスペースのないようなところもあります)

実際のところ、ずっと登り坂で歩くだけでも結構キツイ、
ここを走っていくんだから肉体的にも精神的にもよほど鍛えないと、とても行けるものではないと改めて・・・

(国道1号線には箱根登山鉄道の踏切がある。 本番では電車の方が止まってくれる)。

いよいよこのコースの最大のピークに差し掛かるころ、監督が叫ぶ「ヨ~シここまできたらお前に任せた~ッ!」
私は最後の力を振り絞って坂を上り切る・・・

(国道1号線最高地点標高874m)

坂を上り切ったことろで私はトップに立つ、

ここから下り、意外だったのはまだ4.5kmもあるのです。 すぐに芦ノ湖が見えるのに・・・

箱根神社の大鳥居が見えた、

ここも意外だったのだけどもうここで終わりかと思っていたら何とまだ1.5kmもあるのです。しかもゆるい登り坂、

この最後はとてもキツイ

そこに監督の檄が飛ぶ
「さ~最後の力を振り絞れ~ッ、あの先にいる仲間たちの腕に飛び込んで行け~ッ! 
もう死んでもいいぞ~ッ!!!」

ゴール!!

あの向こうに仲間たちの笑顔! そこに飛び込む!! 

今回の私の記録、21kmを5時間45分、現在の5区の記録は今年の城西大学の山本唯翔選手の1時間10分4秒、その差の大きさに愕然とし、せめて次は5時間を切りたいと思ったのでした。

箱根駅伝200回の歴史を塗り替えた伝説の山の神は大会1ケ月後静かに亡くなった・・・
たんたんと「自分は5区を走るためだけに生まれてきたようなそんな気がしているんです」の言葉を残し・・

(キンラン)

そしてその頃から「なぜかこの話、懐かしい」「TVを見ていてあの小柄な早稲田の選手が優勝することが何故か分かっていた」などという声がネット上で賑わうようになったのです・・・

それはまさに私の信ずる「来世は存在する」の証であるのです。

(水田に逆さ富士、 私の愛するこの里山のもっとも美しいと思う風景のひとつ)

 

生まれ変わったら○○になりたい、なんて思う事、楽しくないですか? 

死んでオシマイではない、せめてそこを信じて生きると死への怖れが軽減します。 

「死」は単なる通過点。

今度は寒い時期に歩いてみて、本番に備えたいと思っています。



 

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1 件の投稿

  • エミー より:

    こんばんわ!
    ご住職様凄いですネ!
    お疲れ様でした。又冬に歩かれるとの事頑張ってください!
    生まれ変わったらなんて若い時は色々考えていましたが今は
    まったく考えることが無くなりました。気持ちに余裕が無くなった
    のでしょうか?夢がありません ご住職様が羨ましいです
    今回も美しい富士山の写真ありがとうございました♪