山寺の
和尚さん日記

うろうろ

昨日(20日)は 興徳寺の 「彼岸会」でした。




法要の中で 「東北地方太平洋沖地震」 で亡くなられた数多(あまた)の精霊に 卒塔婆を建てて 回向供養し 
併せて  被災し 親族・友人・知人を失い 家屋・財産を失い 傷つき 今なお 寒さと飢えに苦しむ 同胞に 暖かき一条の希望の光りが 差し込まれるよう、祈願し、 
私たち一人ひとりが できる限りの努力をすることを 誓願いたしました。
 



法話では 次のようなことを話しました。
今日本中が 試練のときに立たされています。
私たち一人ひとりが 今できることは何か? を考えてみたいと思います。
義捐金を送る、必要とされている物資を送る、その送っている人のお手伝いをする
節電に努める、食べ物を大切にする、不必要な買いだめはしない、
そして 今 この地において 隣人・仲間のために尽くすこと、感謝すること、許すこと・・・
その小さな善意と連帯の輪が 日本中を覆った時 初めて この国は 救われるのだと思います。
さて 今日は 「お彼岸」です。
彼岸 とは ほとけさまの世界。
 ほとけさまの世界には 不安や迷いがない
 私たちの世界は 不安がある・迷いがある

この 迷いのことを ひとことで (ろ)といいます
迷いが ないことを 無漏(むろ) 
あることが有漏(うろ)、
 
だから 迷っている人を ウロウロしている というんです。 
ところで 皆さんは あの地震が起きた瞬間 どうしましたか?
びっくりして ウロウロ?
私の母は 地震があったことを知りません、 「アタシんとこには 来なかったヨ」と・・
シアワセですね
母には 悩みがない 不安がない 欲がない・・・ 
だから うろうろしない (ヨタヨタ? はしますが・・・)
もう ほとんど ほとけさまの世界 です。 
85歳、認知症、要介護1のおばあさんが いつもニコニコと 他人を癒してくれます。



先のことを考えすぎて 不安に思わないこと。
いくら心配したって しょうがないのです。
ダイジョウブ! と思うことです。 
なぜなら 私には ほとけさまが ついていてくれるから 
だから 今までも ダイジョウブだったし これからも ダイジョウブ!
それを 信ずる心、それを信心 といいます。
信仰 をもつということ、 それは 停電の 真っ暗闇の 中で頼りとする 灯り、 
あの懐中電灯を 持っている ということです。



体調不良 と 地震 と お葬式で お経廻り~「彼岸会」の準備(塔婆書き等)が 大幅に遅れ、そこへ 静岡市の叔父が亡くなって 昨日が通夜、本日 本葬儀 と とても忙しい思いをしました。
何となく 一段落です。