山寺の
和尚さん日記

七面山へ

山梨県早川町に位置する「七面山(標高1982m)」、その頂上近くに「敬慎院」というお寺があります。
私達にとっては、信仰の聖地、「七面山=敬慎院」です。
毎年、誕生日に『七面山』に登るようになって、10年が過ぎました。
今年は、当日どうしても外せない用があって 16日に。
朝4時過ぎに出発し、登山口に6時、真っ暗な中をヘッドライトの灯を頼りに登り始めました。
日頃の運動不足がたたって、足は上がらず、息は切れる・・・ 
ようやく明るくなってきたころ 13丁目「肝心坊」に到着、まずはお経をあげて、それから休憩します。


「肝心坊」の休憩所、このような休憩所が2丁目、13丁目、36丁目、46丁目と計4ケ所あります。
ちなみに、登山口から「敬慎院」までは、距離で50丁、1丁は長さの単位で60間、約109mなので、計5,5kmということになります。
何だそんなもんか、と思いますが 標高差が1200mあり、平らな所はなく常に登りつづけなければならないので、そう簡単ではありません。

いつもいつも感心するのですが、このような立派な参道を常に整備してくれている人がいるってこと、
私も山と関わっているのでよく分かるのですが、山道をきちっと整備するというのは、大変な手間と労力を必要とします。
必要な材料と道具を担って、そこまで歩いて行って、作業をするのですから・・・ 
歩くだけなのに、ツライだとか苦シイだとか、口が裂けても言えません。

昨年秋の台風で木が倒れ、電柱も倒されました。 復旧まで時間もかかりそうです。
今年は暖冬の影響か雪が少なく、楽と言えば楽ですが、ちょっと物足りない、

いつもはこんな感じです(昨年も雪が少なく、これは2年前)

苦しい登山道ですが、要所要所に立て札があって、その言葉に励まされます。
私のお気に入りは これ!

「何度でも 初心に戻れる 七面山」
私にとっての初心とは、あの坊さんになり立ての頃のミズミズシイ心、これを思い出すためにここに来ているんだ、と納得します。
そして今回の気づき!

「妙とは蘇生の義なり蘇生と申すは甦る義なり」

途中途中に小さな休憩所があって、そこに日蓮聖人の言葉が。
「南無妙法蓮華経」の「妙」という文字に「甦る」という意味が込められている、仏に成れる可能性を秘めているということですが・・・
この苦しい旅を終えた時に「私は甦る!」と、自分を励ましました。

46歳の時です。 ブラジルで事業を始めてすぐにつまづき、大きな負債を抱えました。
悶々とした日々、のたうち回っているような状況の中で、ある閃きを得ました。
「人生ここからスタート!」
何の根拠もありませんが、自分は甦る、と強く思いました。 
それまでの人生が準備期間でここが折り返し、ならば92歳まで生きる!
状態が一気に好転したわけではありませんが、精神的にはとても楽になって今に至ります。

動物の足跡も楽しみ
46丁目の「和光門」まで来ると、もう境内。 嬉しさと安堵感、至福の時です。

49丁目の「随身門」

春分の日、秋分の日、富士山頂を通過した太陽光が、この門をくぐり本堂の奥に鎮座する「七面大明神」に到達する
驚くことにその光の線はさらに西に進んで、なんと出雲大社に達するのだそうです。

「敬慎院」
この山中にこれだけの建物をよくぞ建てたもの。


雪も少なく、気温もマイナス5℃と楽(?)でした。(冷え込むとマイナス20℃になるそうです)

ここまでの所要時間、4時間。 かつては3時間を切ってどこまでタイムを縮められるかに挑戦していたこともありましたが、今はここまで来られただけで嬉しい。 ただ感謝です。

「大やかん」のある囲炉裏で休憩。
お堂の中は撮影禁止なので紹介できませんが、「七面大明神」にお目通りし、私が気にかけている何名かの方の病気の平癒を祈願していただき、お経をあげて、帰路につきました。

「甦った」 けれど足が痛い・・・
1昨日(20日)から『寒行』がスタートしました。 お近くの方、是非参加してください。
興徳寺出発は23~25日、2月3日、お隣の妙泉寺での「節分」で終了です。 

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