山寺の
和尚さん日記

17回忌

6月27日、妻・初代(はつよ)の17回忌法要でした。

東京や遠くは富山の友人が参加を希望してくれましたが、(コロナが)落ち着いたらゆくり泊りがけで来ていただくこととし、身内だけで執り行いました。 

「もうそんなになるんですね~」という声も聞かれます。 私もそう思うこともあります。

でも17回忌、16年間はそれなりの時間でした。 私も、周りの皆も歳を重ねました。

歳をとらないのは 初代だけ。

法要の導師を 弟子・泰潤に勤めてもらうこととしました。

言ってみれば お坊さん正式デビュー、です。 

参列者は 母と私の兄弟とその子たち、妻の両親と妹夫婦でした。
妻のご両親が二人とも90歳を超えていますが、元気に参加して下さったこと、なによりでした。

式が終わって、通常の「法話」の場面で泰潤が挨拶。

母の危篤の報せを受けた時は旅行中でかなり離れたところにいて、駆けつけた時は意識不明だったけどいったん取り戻し、これでダイジョウブかと思った。 それまで何度も奇跡のようなことを見せてくれた母親が死ぬわけない、と思っていた。 でもその後深い眠りについて、再び目覚めることはなかった・・・ 信仰心篤い母がなぜ? としばらくは受け入れられなかったが、今はその意味が理解できる。
母は私に何度も「あなたは坊さんになる」と言っていた。 だから自分は今、ここにいる・・・

概ね、このような話でした。
とてもイイ話でした。

私が日本へ帰ることが決まった時、浩太(泰潤)が生活していた、800kmほど離れた南の町を2人で訪ねた。

2004年、わたしが日本に帰ることを決めた時、いったんブラジルに戻り、会社を整理し、妻と二人で初めて旅行をしました。サルバドール(北へ約2000km)という最初にブラジルの首都であった古い町(冒頭の写真)、それから次男・浩太(泰潤)が住んでいたフロリアナポリス(南へ約800km)へ。 北は夏、南は冬のような、改めてブラジルの大きさを実感したものです。

この8ケ月後に亡くなってしまいました。 52歳でした。

「ケンちゃん(私のことです)は本当はお坊さんになるのが一番いいんだけどね~」と謎のようなことをつぶやていた妻が次男にまで同じことを言っていたことを今回初めて知りました。 

二人とも、初代に生かされていることを改めて感じました。

草刈り

4月の「花まつり」が終わって、6月末までが1年でもっとも自由時間がとれる楽しい時なのですが、今年は何をしていたかな~?と振り返れば、ほとんど草刈りをしていたような気がします。

昨年より導入した、新しい草刈り方法、名付けて「風の草刈り」

これはススキです。 放っておけば背丈を越えます。これを根本から刈らずに上だけ飛ばす。

「これで刈ったといえるのか!?」と言われそうですが、この刈り方によってサイズがだんだん小さくなり最後は消えてしまうそう・・・

これを教えてくれたのが植木屋・山本翔平さん、若いけれど山の事、植物に深い造詣をもち、謙虚で指導は懇切・丁寧、
すばらしい方と出会えたことに本当に感謝!です。

右が山本さん、中央はミキオちゃんの奥さん・フミエさん。

私達「YUNOどんぐりの会」の月2回の作業も山本さんの指導で大変楽しくなりました。

興徳寺の敷地内を流れる沢、ここを手入れします。

流れが滞り、メタンガスが発生していた箇所も驚くほど美しく、自然な姿に変わっていきます。
夏の暑い日、大人の泥んこ遊び・水遊び・・・

ひまわり

大きなひまわりを12本植えたら、その内の2本が鹿にやられてしまいました。

こんな場所にまで鹿がやってくる・・・ 

あわててネットで囲いましたが、そのひまわりが小さな花をつけました。 
ここから大輪に成長してくれるはずです。

この時期、しばらくは庭に花がいっぱいです。

⇓ 水田の朝焼け 

明日から7月、
「興徳寺便り」を作成~発送、それから東京、静岡方面の「お盆の棚経」が始まります。

9月の「彼岸花」開花に合わせた”草刈り”をその合間に・・・ 

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