山寺の
和尚さん日記

セカンドステージ

母が白内障であることが判明しました。 先月のことです。



日曜日の朝 法事のための準備をしていたら 「こんな時間に法事?」「あんたの都合?」
と何度も聞くので 「何時だと思ってんの?」と問い直すと 「夕方4時頃?」
「???・・・どうして そう思うの」
「だって暗いじゃん」
検査の結果は 右目は95%、左は50%が光を失っているとのこと、
 
手術のスケジュールがいっぱいで 結局その時点で 右目が3月11日、左目が3月15日の予約しかとれませんでした。 
「そんなに放っておいて 失明してしまうようなことはありませんか?」という当方の心配に対して
「この状態は何年も前から始まっていたはず、なので 急激な変化はないでしょう」との医師の説明はいささかショックでした。 
思い出してみれば そういう兆候もたしかにあったのです。 うかつでした。 認知の症状かと軽くとらえていたことも否定できません。

12月から お経廻り が始まり、
最初の一週間はショートステイにお願いしました。 
翌週は妹が協力を申し出てくれたので 
私は母の食事の支度だけをして 早朝に出発し 
その後 妹が母を起こし、食事の世話をして、
夕方 入浴~食事までの面倒をみて
私の帰宅前に就寝させる、
というパターンが出来上がりました。
1昨日のことです。
夕方6時過ぎに帰宅すると 真っ暗な家の中から 母の悲鳴が・・・
「誰かいませんか~!」
「連れにきてくださ~い」
「助けてくださ~い!」
驚いて 部屋に飛び込むと、
トイレ脇の手すりに捕まって 立ったまま叫んでいる母の姿、
事情を分析してみると 4時半頃 妹たちがベッドに誘導して 帰宅したのですが 本来なら私が帰るまでは午睡をしているはずが 起きてしまったらしい、 その時 自分は施設にいると錯覚し 故に点灯の術も知らず パニックに陥った模様・・・ 
真っ暗で 寒い部屋でどれくらいの時間そうしていたかは不明ですが、 どれくらい不安で怖い思いであったかは 想像がつきます。 
別の入居者を幻覚で見ており、ここが自分に家であると認識するまでしばらくの時間を要しました。


母の部屋;
物置部屋を5年前にリフォーム
元建築屋の私が設計しました。
明るくて
ベッドから降りたら トイレのドア、
という使い勝手の良さ、なのですが・・・
母はこの手すりに掴まって
泣き叫んでいました

それから母は 延々と話し始めました。 ムカシのこと、最近のこと、現実的なこと、奇想天外なこと・・
何の脈絡もなく 怖かった気持ちを補うかのように 
同じことを何度も何度も・・・ 
私は相槌を打ちながら、何度も何度も同じ返事を・・・ 


改めて思いました。 母と充分に接することのできなかった2週間という時間が 認知を加速させ、ここが施設であるとの思い込みを生み、このような形となって示された、と・・・

その夜から 
母のベッドの横の床に布団を敷いて 
眠るようにしています。
(この右目がほとんど見えていないとは・・・)
最初の夜、夜中の2時半、母はトイレに起きて ベッドに戻らずに部屋の外へ・・・  
あわてて ベッドに連れ戻したのですが、この時点でも ここを施設と錯覚していました。
でも 床を並べて大正解だったと つくづく思いました。 
暗い部屋の外に出てしまって もし転んだりしても、自分の力で起き上がることができず、いくら叫んでも 私の寝室は 声の届かない距離なのです。


母を一人きりにさせることができなくなりました。
 「忘年会」等 夜出かける予定も すべて キャンセル。


   このところの冷え込みで 本堂内で 2~3度、 外は霜で真っ白です。
母と子の 『セカンドステージ』、新たな修行の始まりです。 
母を多いに笑わせてやることが 『勤め』、と心得ます。
でも 枕を並べて眠るということは これはこれで ホンワカいい気持ち、であります。
突然、寝言ならぬ 寝唄を歌うのには ちょっとビックリしますが・・・
お経廻りは 残すところ3日です。

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