山寺の
和尚さん日記

「今」を生きる

例年この時期に集中していた 「委員会」 「総会」 「研修会」 「講演」 等々・・・すべてキャンセルとなり、 おかげでとってもありがたい毎日を過ごさせてもらってます。
母も、週1のデーサービスと月1のショートステイを利用していたのですが、マスク着用ができないので当方からお休みを申し出、ベッタリのステイホーム。

5月の最初までは、「タケノコ」の整理の毎日でした。

予想通りのアタリ年(大豊作)で、掘り切れなかったタケノコを来年への親竹(おやだけ)を残して処分してゆきます。

最初の頃は目を皿のようにして探していたタケノコも、このころになるとタメイキが出るほどのスザマシイ成長ぶり、です。

タカノコが一段落してからは、半日は中の仕事、半日は外の仕事にしました。
外の仕事は、庭の手入れと山の草刈りです。
興徳寺の所有する土地がどれくらいあるのかと、じっくりと調べてみました。
約7町歩(7ヘクタール=21000坪)、東京ドーム1,5個です。 草刈りも容易なことではありません。
それでも残したい花に気をつけながらていねいに草刈りをしてきたら、近年めっきり姿を消した「あざみ」が復活しました。



これはとても嬉しいことです。
さらには先日「どんぐりの会」の作業日、ちょっとした感動が・・・

仲間が「金蘭(きんらん)」 の群生を発見、 かつてはあちこちで自生していましたが最近見ることはありませんでした。
どこからか種が飛んできたのではなく・・・
10年前、放置林を伐採したことによって、光が入り、少しづつ環境が整ってきて今回出番を迎えたのだと思えます。 
それまでの60年間、地中でじっとその日を待っていた・・・ 自然の力、植物の生命力に驚かされます。

中の仕事は、片付けです。
今まで出来なかった、納戸(なんど=物置部屋)の整理に着手、
これもとっても楽しい仕事でもう1週間以上続けているのですが、まだ片付きません。
母の日記が出てきました。
いつも笑顔の絶えない母ですが、50代の終わりころから60代の初め、絶望感に落ち込んでいたことを知りました。

父は小学校2年で母親と死別、40km離れた興徳寺にて小僧生活、家庭の温かさを知らないで大人になった。 
子どもたちには無干渉、私はそれでずいぶん助かったけれど、母に優しい言葉のひとつ、感謝を形で表すこともしなかったのだと思います。
母は都会の大きなお寺の長女、空襲で寺は全焼し家族10人でバラック小屋に居住しているところに縁談が舞い込んで、食べ物に不自由しないだろうと親が決めて、興徳寺に嫁いだ。 慣れない田舎生活で、おまけに貧乏寺、まさに無我夢中で生きたのでしょう。
ふっと気がつけば孫も生まれ「オバアチャン」と呼ばれる年齢になっていた。
父とは会話もなく、楽しいことも何もなく、自分の人生何だったのか? 女中か? 女中なら給料ももらえるし休みだってある・・・ 
早くお迎えが来て欲しい・・・とまで・・・
ショックでした。
私はブラジルに住んでいたのですが、妹たちも全く気がつかなかったそうで、それぞれにショックを受けました。
母は体も心も強い人で弱音も吐かず、身勝手な夫にただ耐えた、プライドが高かったのか、性格的に不器用なのか、甘えとか弱みを見せれば楽だったのに、とも思います。
その後の母の心の変化は分からないのですが、父の死後、新盆にたくさんの方がお焼香に来てくれて、こんなにも多くの方に慕われていたということが分かってとても嬉しかった、
だけど自分は涙も出ない、と綴られていました。
悲しい過去を「認知症」が救ってくれました。
あの時から30年たった今、とにかく楽しく生きて欲しい、とそれだけが私の願いです。


『失敗は成功の母』
トイレでしゃがむ寸前に漏らしてしまったとき、 「失敗?」と聞いたら 「失敗だね~」と笑いながら答える。
「おかあちゃん、気にしなくてイイヨ、人はね、失敗を重ねて成長するんだよ~」 と言ったらすかさず 「そうだね~失敗は成功の母だね~」 と、のたもうた。
『失敗は成功の母、芳枝は賢一の母』 
 とキッチンのボードに書きました。
(賢一は私の出家前の名前です)
「おかあちゃんが失敗、僕が成功だね」 と言ったら、「なんだか変だね~」と・・・

  母の日に
母が突然、「夕顔って白い大きな花で、ほんのり いい匂いがするね~」 と・・・
さっそく夕顔の種を買ってきて、プランターに蒔きました。 
1週間経ってようやく芽がでてきました。
本日、1日かけて、母の部屋のベランダを夕顔と朝顔のグリーンカーテンにするべく準備をしました。
夏が楽しみです。 母は喜んでくれるでしょうか。


『過去を悔やまず 未来に怯えず 「今!」をしっかり生きる』
私の好きな言葉です。
坊さんになって15年、初めてゆったりとした時間を過ごさせてもらっています。
毎日の肉体労働のおかげで、70kgに達しかけた体重も2ケ月で4kgダウン、すこぶる快調です。(168cm)
コロナウイルスがどう展開するのかわからない、 世界がひとつになるチャンスだったのに、そう簡単に事は運ばない。
ワクチン開発は世界の期待だけれど、それはまた莫大な利権が発生するチャンスでもあり、国家間の虚々実々のかけひきが繰り広げられている。
でも私は信じたい。 大きな試練を乗り越えて次なる良きステージが待っていることを。
周りの変化に惑わされず、
「今!」 をしっかり生きましょう!!

「今!」 でしかできないこと、
「今!」 だからこそできることををやってみましょう!!

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