山寺の
和尚さん日記

忍辱

外に出られない、誰かと会えない・・・ ガマンガマンの毎日を過ごしている方も多いことでしょう。

  [カイドウ]
ここは耐えるしかない、その耐えることを 仏教では忍辱(にんにく)という言葉で表します。
意味としては忍耐ですが、ただガマンしているだけでは限界がくる、
外に出ることに罪悪感を感じる人もいるし、海なら人と接触しないからいいだろうと、湘南海岸がラッシュになったりする。 
自粛疲れ・・・?
忍辱(にんにく)は仏道修行のひとつ、目の前の現実を受けとめ、受け入れ、じっと耐えながらその中に喜びを見出す。 
そのことによって人格が向上し、真の幸福が感じられるようになります。
自分にとって不都合なことを、「ここはニンニク、これは修行なのだ!」と受け入れてみましょう。
《花まつり》
実行委員会を開催したのが2月、こんな時だから楽しいことをしたい、と思っていました。
3月の初め、中止を決定しました。 全員が楽しくないことはやる意味がない、と思ったからです。
決定はしたものの、その後の喪失感は自分でも意外なほど、その日を目指して密かに準備してきたことも闇の中、悶々とした日々でした。
そして、「やめる、ということよりもこの条件下で出来得ることは何だろう?」と考えました。
「花まつりの趣旨は、仏さまとの縁に感謝し祈りを捧げること、 ならば・・・」
そして弟子・泰潤と2人、無観客試合ならぬ無参詣者法要を執り行うこととしました。
主旨としては 花まつり法要に併せて、『①世界の新型コロナウイルス早期終焉祈願 ②この病で亡くなられた方への供養 ③罹患者の当病平癒祈願 そして ④医療最前線でご苦労されている医療従事者および関係者への感謝と身体健全祈願』 です。
口コミで、それでも20人ほどの方が参詣してくれました。

マスクをつけてもらって、離れて座り・・・

「法話」は大型紙芝居、伴奏入り(?)

「誕生仏」は例年通り花で飾り、来て下さった方には「甘茶」の接待、 以上でした。

桜も見ごろ、富士山美しく、天候にも恵まれ、絶好の「花まつり日和?」でした。
実施できたこと、ヨカッタです。 
来て下さった方々に、心より感謝申し上げます。
《タケノコ》
興徳寺に閉じこもっていてもやらなければならないことはいくらでもあります。
まずは「タケノコ掘り」、
昨年は「裏年」といって不作だったので今年は予感通りの大豊作です。

「シャガ」の咲き乱れる美しい竹林、

正面は桜と富士山という絶景のロケーション、うぐいすの鳴く音を聞きながらの「タケノコ堀」です。


山で皮を剥いてしまいます。 これくらいのサイズでも・・・

こんな大きさに。 
運ぶのも楽ですし、後からゴミを処理しなくてもイイ。

すぐに薪で茹でます。

アクがないので、水茹ででダイジョウブ。

11月の「お会式用」の保存も終了。 
茹でたばかりの「タケノコ」は取りに来てくれればどなたにでも差し上げます。
むろん自分で掘りたければどうぞ!(道具もそろっています)
《桜の終わり》

今年の桜は、早く咲き始めたのですが、その後寒波到来もあり、パラパラといつまでも咲いておりました。
長く楽しむことはできましたが、全部が咲き揃わなかったので、その分物足りなさも感じました。
「やっぱり今年はどっか変ですね~」 来て下さった方々の感想です。





興徳寺を横から見たところです。

カメラマンや見学のかたも例年よりずっと少なく、静かにシーズン終了いたしました。

ロックダウンされた地域のミュージシャンが世界中の仲間に呼びかけ合い、個々の自宅を繋いでオンラインコンサートを実施、動画で配信しています。 私は大変驚きながらも夢のようなライブを楽しませていただきました。
今回の「新型コロナウイルス」がどのように収束してゆくのかまったく予見はできないけれど、世界の価値観が大きく変わるそのきっかけになるだろうと思えます。
ただこの未曾有の大困難に気持ちをひとつにして頑張ろう! と呼びかけることは簡単だけれど、この不公平感をどう補うのか?
①変わらず収入のある人 ②生活費が絶たれた人 ③個人事業主のように家賃等の固定経費が出て行き赤字が累積してゆく人
かつて経営者の端くれであった私は ③の方々の悲痛な叫びを想像するだけで、胸が痛みます。
また飲食店がよくクローズアップされますが、例えば芸能界、スポーツ界なども一切の興行ができず、末端まで含めれば膨大な数の方々が収入の道を閉ざされています。
一律10万円は反対しないけれど、そんなものでは全然足りない人がいます。

世界が、国が、個々が試されている。
今の私に何ができるか?
祈りましょう! 世界中の隅々までが幸せに包まれるよう、祈りましょう!!

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