山寺の
和尚さん日記

まず臨終の事を習うて

マレーシア在住の先輩が 所用で来日し 滞在先の大阪のホテルで 高熱を発し、 2日後、収容先の病院で 死亡。 病名は マラリアでした。

 先輩は 建設請負業者として 最近では アフリカで 活躍しておりました。 最後は南スーダン ジュバにて ナイル川に橋を架ける仕事に携わっており、 この地で感染し、潜伏期間を経て 発症した、と推測されます。 
ジュバは 白ナイル川の上流に位置し、40年ほど前、私も行ったことがあります。 ジャングルの中の 舗装道路もないような田舎町でしたが、 今年の7月9日、南スーダンが独立し、その首都となったそう・・・ 
今回の訪日では 今週末に 私の寺に泊まって 富士山を見ながら 酒を飲むことを楽しみにしている、 という連絡を受け取ったばかりでした。
訃報が入ったのは 昨日の朝、 同期の先輩からでした。 取る物も取り敢えず 大阪に急行、 病院の遺体安置所にて 変わり果てた 先輩と対面しました。
言葉も何もなかったです。 
マレーシアから駆けつけた お嬢さんが 健気にもシッカリと対応していて 、さすが 先輩の娘さんだ、と 感心しました。 崩れ落ちそうな心を保つだけでも やっとだと思うのに・・・ 
日本語は堪能ですが、彼女にとって ここは異国の地です。

このような時に 思い出されるのが 日蓮聖人 妙法尼御前御返事(みょうほうあまごぜんごへんじ)の一節
『人の寿命は無常なり。
出つる息は入る息を待つ事なし。 
風の前の露、尚譬(なおたとえ)にあらず。
かしこきも、はかなきも、老ひたるも若きも定めなき習ひなり。
されば先(まず)臨終の事を習ふて後に他事(たじ)を習ふべし』

――人の命とは、はかないもので、最後に息をフーッと吐いて、永遠に吸わない時が来ます。
それはまるで葉っぱの上のつゆが風でポロリと落ちるよう・・・  
頭がいいとか悪いとか、年をとっているとか若いとか、まったく関係なく、誰にも公平に、その日が来ます。  
ならば、まずはその心構えを学びましょう――



        (セミプロ ミキオちゃんに頼んで 撮ってもらった作品)
私の弟は事故死、 妻は くも膜下出血、 その直前まで 死ぬことは予想していなかった。
東日本大震災で 亡くなった 2万にも及ぶ方々も その日が最期になるとは おそらく 誰一人予想していなかったでしょう。 
臨終の事を習う とは
一日一日をしっかり生きること、 
そのうちに・・・ と先延ばししないこと、 
いつ どこで どのような状態で 最期の時を迎えても 周りが困らないような状態を 常に保つ事、
等々・・・
 
改めて考えさせられました。 

明日(10/19)、大阪で荼毘に付され 遺骨はお嬢さんに抱かれて マレーシアへ・・・ 
日本各地から仲間たちが 最後のお別れに来てくれる模様、 
ご家族にとっては 大変なことでしたが 
彼が 最期の地として 日本を選んだのでしょう。  
私も もう一度行ってきます。
 
先輩の名前は 仁藤朝雄。 連絡の届かなかった 関係各位に 謹んでご報告申し上げます。



この富士山を 一緒に眺めがら 男同士のロマンにひたるはずだった・・・
素朴で やさしくて 熱きロマンチスト、 仁藤先輩!
現代の マレーシアのハリマオ(虎)と 東京12chで 特集されたこともあった。
永遠に!!

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