山寺の
和尚さん日記

お別れのかたち

暮のお経回りも 終番に近づいた12日、 知人の訃報を受けました。 
小田義明さん。橋梁の技術者でしたが 昨年、第一線から手を引いたことを機に 奥様の母親の面倒をみるため 東京から富士宮へと移り住んでこられました。
良き仲間に恵まれ、積極的に社会活動をされておりました。 
私の講演を聴いてくれたり、仲間と一緒に 興徳寺にも訪ねてくださいました。 

9日の朝、自宅で発症し、意識も戻らぬまま、3日後に忽然と逝ってしまいました。
急性大動脈乖離、72歳でした。
遺族より 通夜~葬儀の導師を依頼されました。 
親族だけの集まりではありましたが 心を込めて、務めさせていただきました。
参列者何百人という規模の葬儀も 昨日のように30人ほどの葬儀も 式に臨む気持は まったく変わりません。 
夕刻から 場所を変えて 仲間が主催する 『お別れの会』、 
遺骨と遺影が祀られた 祭壇の前で 音楽と 仲間たちの 追悼のメッセージ、
しみじみと そして温かく すばらしい告別式となりました。



 民族学者 八木洋行氏
 「今年はたくさんの方が あちらに渡って 三途の川の橋が 壊れかけているのでしょう。 
 責任感の強い彼は 放っとけなくて 修理に行ったのではないかと思います」
 と 泣きながら・・・ 
「葬儀」とは 死者の魂を霊界へ送るための儀式、 それに対して 「告別式」は 会葬した人たちが、死者にお別れをする儀式のこと、  
今回のように 別に行うことが 望ましい形であろうと思われます。 
近年、『お別れの会』のみをもって 『葬儀』に代えるような傾向が見られますが、 これはまったく違う事です。 私たちの心に ケジメをつけるための「お別れの会」はあくまでも、残された者のためのものであり、「葬儀」は亡くなられた方の 霊のために行われるものです。
宗教家と呼ばれる方たちが 真剣に訴えていかなければならないことだと思います。
それにしても わずか1年間の滞在で これだけの方に愛された 義明さん、

「誰にも分け隔てなく愛情の手を差し伸べ、
一切の見返りを求めなかった・・・ 
心から尊敬し、生まれ変わったら 
また 一緒になってください、とお願いしました」 と奥様の言葉・・・
私も 
心より 尊敬申し上げます。




暮のお経回りを始めて お葬式が2回、 終了予定が少しずれましたが 残り10軒です。 終わったら、年賀状やら、会計処理やら、大掃除やらと、いつものように ドタバタと1年が終わってしまいそうです。

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