山寺の
和尚さん日記

里帰り

オーストラリアの長男(=拓朗)家族がやって来て、12日間滞在しました。
期間中、拓朗の柔道の先生ジェイコブ(ポーランド人)と奥さん(中国人)のアイビーもやって来て、2泊3日。 
まるで国際合宿所のようでした。

最初の子(慎悟=昨年の1月1日生まれ)も随分大きくなって、ワンパク坊主の風貌です。

下の子(慧美=今年の6月生まれ)とは初対面ですが、目がクリクリと可愛らしい。

拓朗とアリソン(嫁)はともに39歳、歳をとってからできた子どもということもあるのか、(外国という)生活環境なのか、はてまた彼らの性格なのか、二人とも子どもを怒らない、 ちょっと大きな声でたしなめる程度です。 
大らかというか、辛抱強いというか・・・ またそのせいなのか分かりませんが、子どももヒステリックな行動をとることもなく、よく落ち着いています。

食事は息子が作ります。 
「何で?」と嫁に聞いたら、「拓朗の方がずっと上手で、みんなも嬉しい」と答えた。 
冗談交じりに 「そもそも日本の嫁というものは・・・」と一席ぶったら、ある日、拓朗がにやにやしながら「きょうはアリソンがお昼ご飯作るだって」・・・ 
果たして、その結果はというと、「そりゃ拓朗が作った方が、みんなが嬉しい」という言葉そのもの。

驚くのは、息子がキッチンに立っている間、妻はその近くで腰掛けて分厚い本を読んでいる、「何の本だい? 面白いかい?」と聞くと、本の内容を説明してくれて「とってもオモシロイ、もうちょっとで読み終わる」と嬉しそうに言う。 
「こんな風に子育てができたらいいね~」と最初は少々呆れていた小姑(私の妹)たちがつぶやいた・・・

少し時間があれば すぐに家族で散歩に行ってしまいます。
「外人さんが乳母車押して歩いてたもんで、誰かと思ったらお寺の嫁っ子だってじゃん」と かなり遠くの檀家さんが・・・ 
3輪の不思議なベビーカーで、慎悟を座らせて、下にすっぽり慧美が入るようにできています。
 
ある日、出かけて帰ったら彼らの姿が見えません。 まっ暗になってからニコニコしながら戻ってきました。
私のロードバイク(自転車)とベビーカーを積んで、近くの田貫湖(たぬきこ)へ行き、一人がベビーカーを押して、一人が自転車に乗り、自転車が一周すると交代して、結局周囲4kmの湖をベビーカーが1周する間に自転車はそれぞれに2周づつ走ることができたそう・・・ 「とってもキレイだった」と嫁が嬉しそうに話していました。


彼らの滞在期間中、私は お葬式が2回立て続けに発生し、植樹祭もあったし、他のお寺への出仕がたまたまいくつか予定に入っていたりで、どこへも連れて行けず、ちょっと申し訳ない思いもあったのですが、嫁がこんなメッセージを残してくれました(若い頃、英語教師として1年間、日本に滞在したこともあって、そこそこの日本語能力があります)。 

充分にリラックスしてくれたようで、何よりでした。

12月2日、始発の新幹線で山のような荷物とともに、帰国しました。 彼らの行動を見ていると、子ども連れというハンデを感じさせず、大したもんだと思ったのですが、「本当はバリかフィリピンの島で1週間くらい滞在したかったけど、今回は諦めたヨ」と・・・ 道理で日本滞在が長かったのか、と納得。

息子の里帰り中、ブラジルから持ち帰った妻の遺骨を、元のお骨に戻しました。

ブラジルで火葬したので、容器も変わっていますが、何よりもお骨がほとんどパウダー状です。
 
これで妻も里帰り。

彼らを駅に送って、そのまま 師走のお経廻りに突入です。

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